「人間力」とは、
知識やスキルだけでなく、社会で力強く生きていくための総合的な力であり、内閣府の定義では「知的能力的要素」「社会・対人関係力的要素」「自己制御的要素」の3つで構成され、人としての魅力や品格、生きる力そのものを指します。
これは、単なる技術ではなく、他者との良好な関係を築き、目標達成のために自己を律し、社会に貢献できる「人としての総合力」と言えます。
Google AIより
ときどき、学歴や出身校の話で盛り上がる場に出会う。
努力の結果だし、誇っていいことだと思う。
その空気自体を、否定したいわけではない。
ただ、あたしはいつも、少しだけ別のことを考えてしまう。
この人は、
予定が崩れたときに立ち止まれるだろうか。
正解がない場面で、誰かの隣にいられるだろうか。
分からない状況に、耐えられるだろうか。
そういう力は、
学歴を誇示する人からはどうしても見えてこない。
あたしは専門学校卒
通っていた学校は今はもうなくなってしまった。
決して楽しい学生生活ではなく、
どちらかといえば、かなり厳しい環境だった。
検定試験に向けて、朝から晩まで珠算、
朝から晩まで簿記
それでは足りなくて、先生にお願いして夜間も指導してもらっていた
でも当時のあたしは、嫌だなーつらいなぁという気持ちではなく、その辺の大学でチャラチャラ盛り上がっているより、ここに通っているほうが、何か大事なものが身につく気がしていた。
今思えば、それは
知識や資格というより、
「投げ出さない感覚」や
「自分で考える癖」だったのかもしれない。
あたしが関わってきた仕事は、もちろん経理の仕事もあるけれど、晩年は動物や、人の心の揺らぎに携わってきた。
そこでは、学歴も、肩書きも、ほとんど役に立たない。
必要なのは、
相手の変化に気づく力や、
うまくいかない時間に耐える力、
そして、自分がわからない状態を引き受ける覚悟だ。
だからあたしは、
学歴は関係ない世の中になってほしいと思っている。
正確に言えば、
学歴で人を決めつけない世の中、だ。
どんな学校を出たかより、
どこで立ち止まり、
何を引き受けてきたか。
人は、
生き方で、ちゃんと滲み出る。
わかったふりをせず、比べすぎず、それぞれが、それぞれの場所で生き切れる。
そんな世の中に、
少しずつ近づいていけばいいなと思っている。







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