今日、イベントの会場に向かう車の中で
ふと降ってきた言葉があった。
「馬鹿になれ」
テレビでは日本の祭りが流れていて、
人が踊って、太鼓を叩いて、声を出していた。
そこには恥じらいも、気取りも、
上手く見せようという感じもなくて、
ただ、真剣だった。
祭りって、
中途半端な気持ちじゃできない。
ちゃんと我を手放さないと、輪に入れない。
考えすぎたら、身体が固まってしまう。
それを見ながら、
あぁ、これは游書リーディングも同じだなと思った。
うまくやろうとした瞬間、
意味を持たせようとした瞬間、
言葉は止まる。
何も考えず、
ただ通す。
ただ動く。
ただ感じる。
それはトランス状態なのかもしれないし、
ゾーンに入るということなのかもしれない。
正しいかどうかは、正直わからない。
でもひとつだけ確かなのは、
大人になるほど
「馬鹿になる」時間を失っていくということ。
ちゃんとしなきゃ。
間違えちゃいけない。
変に思われたくない。
そうやって身につけてきたものを、
ほんの一瞬、脇に置いてみる。
真剣に、馬鹿になる。
たぶんそれは、
自分を雑に扱うことじゃなくて、
自分を信じるということなんだと思う。
馬鹿になれる瞬間ありますか?
Facebook Comments






最近のコメント