アイキャッチの画像は、実家の隣の空き地に咲いていたクロッカス。
何も整備されていない場所なのに、毎年こうして立派に花を咲かせてくれる。
与えられた場所で、たくましく、そしてしなやかに生きているなぁと感じた。
もしこれが温室の中だったら、強くなる必要はないのだろうか。
そんな問いが、ふと心に降りてきた朝だった
「強くなる必要がないなら、強くなる必要はないのだろうか?」
一見、当たり前のようでいて、とても深い問いだと思った。
子どもも大人も、必要に迫られた時に初めて育つ力がある。
目の前に石ころがあった時、親が先に取り除いてしまえば、転ばずには済む。
でも、自分で気づき、避け、転んだら起き上がる力は育たないかもしれない。
大人も同じ。
誰かが常にそばにいてくれたり、困ったらすぐに誰かがやってくれる環境にいると、自分で考える必要がなくなることがある。
でも、それが悪いわけではない。
その環境で安心して生きられていたなら、それはそれで幸せなことだと思う。
ただ、人生は思いがけず景色が変わる。
大切な人との別れ。
家族の変化。
年齢や健康、仕事やお金。
環境の変化なんて、誰にも予想できない。
だからこそ、強くなる必要がない今でも、自分の中に「もしもの時に立ち上がれる力」があることを知っていることは大切なのかもしれない。
でも、強さとは、いつも頑張り続けることではない。
変化した時に、その変化を受け止め、少しずつ新しい自分に出会っていくこと。
強くなることを怖がるのではなく、変化の中で自分のまだ知らない力を見つけていく。
そんな変化を楽しめたら、人生は少し豊かになる気がする。
そして、ふと思ったのは、動物たちのこと。
飼い犬や飼い猫は、基本的に大きな環境の変化は少ない。
毎日同じおうちで、同じ家族に囲まれて、安心して眠り、甘えて、ぬくぬく幸せでいてほしい。
それが何よりの願いだと思う。
むしろ人間のように「強くならなきゃ」「自立しなきゃ」と考える必要なんてなくて、安心して甘えられる環境こそが、その子たちの幸せなのかもしれない。
でも、人生には予想できない変化がある。
飼い主さんの入院、施設への入所、そして旅立ち。
思いがけず新しい家族のもとで暮らすことになる子もいる。
そんな時に必要なのは、“強さ”というよりも、やはりしなやかさなのだと思う。
新しい匂い。
新しい声。
新しい暮らしのリズム。
戸惑いながらも少しずつ馴染んでいく力。
これは動物たちにも、人にも共通しているのかもしれない。
変化に抗うのではなく、少しずつ受け入れていくしなやかさ。
それが、生きる力なのだと感じる。
強くならなくていい。
でも、変化を楽しめるしなやかさは持っていたい。
今日はそんなことを、思い巡らせた日






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