「鏡の法則」って、聞いたことありますか?
昔のわたしはこの言葉が、なんだか苦手だった。
【1】鏡の法則、苦手だった話
あたしがまだ会社勤めをしていたころのこと。
同じ部屋に、あたしと上司のふたりきり。
でもその上司は、3ヶ月間、あたしに一言も話しかけてくれなかった。
無視…というより、存在ごと“なかったこと”にされているような感覚。
大人として、社会人として、それがどれほど冷たく苦しいことだったか。
心がこぼれそうになって、ある人にその出来事を相談したら、
返ってきた言葉はこうでした。
「それ、鏡の法則じゃない?
あなたの中にも、同じものがあるってことだよ」
…え? そうなの?
あたしがこんな目にあってるのは、あたしのせいなの?

【2】鏡ってなに?どうしてモヤるの?
「鏡の法則」とはよく言われる。
相手はあなたの“写し鏡”
あなたが怒っているから相手も怒る
嫌なことが起きるのは、あなたの中にその原因があるから
……でも。
正直に言って、これって、つらくない?
あたしはパワハラを受けたけど、それって
「あたしの中にもパワハラ気質があった」ってこと?
そんな風に言われたら、苦しい状況の中で、
さらに“自分を責める理由”が増えていくようで、
正直、モヤッとする。
【3】整流的“手放し”のしかた
でも、いま振り返ると、あの経験には別の意味があったのかもしれない。
それがわかったのは、自分の“整い”が進んでからのこと。
あの上司の態度が「理不尽」だったことに変わりはないし、
今でも思い出すと腹が立つこともある。
でも——
あの出来事がなかったら、
あたしは今もその職場にとどまっていたかもしれない。
実はその頃、心のどこかで「もうここじゃない」と感じていた。
でも、それを認める勇気も、次に進む力も、まだ持っていなかった。
だから、あの人がその役割をしてくれたのかもしれない。
わたしが“殻を破るため”に、誰かが“殻になってくれた”
それがわかったとき、
あたしはその出来事を、少しずつ“整って手放す”ことができるようになった。

【4】整流って、自分を責めない哲学
整流的に生きるということは、
「起きたことの意味を、あとから整えていく」こと。
あの人を悪者にもしない。
でも、自分の中に“悪いところがあった”とは決して思わない。
ただ、
流れが変わるために必要だった“通過点”だったんだ。
そう思えるようになったら、
不思議と次の風が吹きはじめる。
【5】まとめ:私は鏡なんかじゃない
あたしは、鏡なんかじゃない。
でも、あの出来事が“風向きを知らせるサイン”だったのかもしれない。
無視されたこと。冷たくされたこと。
それが「出ていくべき時期だよ」と教えてくれる風だった。
あの経験があったから、
いまあたしは、自分の流れで生きている。
だから今日も、
誰かの言葉ではなく、
自分の流れを信じて、整えていく🌿

💬ちゃこたんのひとこと🪽
「鏡に映ってるのは、“あなた”じゃなくて“合図”でち。
本当のあなたは、自分の中にいる。
今日も、自分の風に耳をすませてね🌬️✨」
もちろんね、波動の法則(整流哲学)から行くと、鏡の法則ももちろんあると思う
あなたが整ってないから、こういった現象が起こるって。
でもそれは時と場合
こだわりが強すぎるカウンセラーに捕まると出口が見えなくなる
あのパワハラで毎日泣いて会社に行ってたあたしが、テキトー人間になるとはw







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